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Anthology/作品集HP版

豊村一矢・松木新・進藤良次・泉脩氏の

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 札幌民主文学通信154号より転載 

 

    エッセイ  

        ラテンアメリカの星キューバ

                       泉  脩

 

 福山瑛子「キューバにかかる虹」を読んだ。「風の道」に始まる自伝的小説の到達点であり、円熟を感じさせる。完成度の高い作品である。

 小説は二重構造になっていて、東京で暮す高齢の夫婦の夫が年金組合に、妻が文学に打ち込んでいる。妻がやっと書き上げた小説を夫の仲間に読んでもらう。ここまでがプロローグで2010のことである。この後小説の内容が続き、エピローグで現在にもどって、小説やキューバについて3人が話し合う。プロローグとエピローグが額縁のようになり、過去と現在をつないでいる。

 その小説の内容は、1977年12月の10日間のキューバ紀行である。主人公の坂井由希は、赤旗記者11年の中年の女性である。婦人家庭部と外信部を経て、今は日曜版の「世界の窓」を担当している。キューバ取材は三年振り二回目で、今回は翌年ハバナで開かれる第11回世界青年学生祭典の準備状況の取材のためである。

 カストロの率いるキューバは、このラテンアメリカ最初の祭典に世界中から18,000人の若者を集め、社会主義キューバの姿を知らせようと考えている。そのため準備段階から各国の記者27名を招き、自由な取材を許すのである。主人公の由希は、強い印象を受けた3年前のキューバが、その後、どのように発展したか、興味いっぱいの取材をする。

 記者たちはやはりラテンアメリカ諸国が多く、ヨーロッパから東ドイツ、フランス、スウエーデン、ポルトガルの記者が、そして日本からY新聞(読売)の麻川伸也も招かれている。左翼系新聞の記者が多いが、アメリカとプエルトリコは亡命キューバ人の記者であり、一行の注目の的になる。保守系の読売の麻川記者もいるので、キューバ政府のふところの広さがわかる。

 物語は毎日の取材の進行につれて展開するが、キューバの人々との対話や記者同士のやり取りが興味深い。前向きで気持の若い由希は、臆せず多くの人々と接触し、心をわって話し合う。その姿が魅力的で、読んでいて気持がいい。

 当時の日本共産党は、ソ連と中国の干渉をはねのけ、自主独立の道を歩み始めていた。フランスのユマニテの記者が、ソ連に従う自国の党と較べてうらやましがるエピソードは、とても印象深い。なぜかソ連、中国、北朝鮮の記者がいないので、由希はのびのびと自分の意見を言い、相手からも率直な反応を引き出しているのである。

 麻川との会話も興味深い。同国人の異性ということで、二人は微妙にひかれ合うが、革新と保守という立場の違いから反発する。そしてきびしい現実が、少しずつ麻川を変えいく。

 この小説の真の主人公は、キューバそのものである。カストロとその同志たちが命をかけてバチスタ独裁と戦い、民衆の支持を得て勝利した。しかし目の前のミニ社会主義国をアメリカは全力でつぶしにかかる。このアメリカとの厳しい戦いが、かえってキューバを鍛え上げる。チリの左派政権は無惨に倒されるが、キューバは見事に発展をとげるのである。

 この小説にえがかれるキューバの姿はとても明るい。たとえ物質的に貧しくても、教育と医療は無料であり、最低の生活は保障され、人種差別がなく、国民には希望がある。これらが記者たちの取材によって明らかにされていく。

 ソ連、東欧諸国、中国、北朝鮮と違って、キューバは開放的であり、国外への亡命も自由なら帰国も自由である。そのためCIAのスパイや協力者も多く、カストロ暗殺は数多く計画された。カストロの愛人までが協力者にされたという。

 ヒューマニストの弁護士から共産主義者になったカストロは、私には何か坂本竜馬や西郷隆盛といった幕末の志士を思わせる。幾多の死地をくぐり抜けて、生死を超越した境地に達するのである。そして同志と民衆に守られて大業をなしとげるのである。

 由希(著者)のカストロへの敬愛は大きく、読み進める中で心を打たれる。直接民主主義ともいえるキューバの政治のあり方が、だんだんと理解できるようになる。そしてさらなる革命をめざしてボリビアで死んだチェ・ゲバラの姿もくっきり浮かんでくる。

 亡命キューバ人の二人の記者が変身し、麻川は変身しきらず、由希は小説を書こうと心に決め、物語は終わる。

 このキューバのまいた種子が、21世紀のラテンアメリカで開花し、次々と左派政権が誕生している。キューバも変化し、市場経済を導入するという新しい道に向っている。